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Build Insiderオピニオン:arton(4)

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電気売り場はアンドロイドの夢を見るか ― レジロボ & Amazon Go

2016年12月13日

ロボット、機械学習、センサーデバイスなど、最先端の技術が人々の生活にどんな変化をもたらすのだろうか。POS業界に身を置く筆者が予想する、新時代の店舗の在り方とは。

arton
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 ペッパーくんが1人寂しくたたずんでいる写真が嘲笑的にTwitterでさらされるようになってから久しい。でもそれは感情認識ロボットが売り場の中の孤独を感じ取っているだけに違いない。結局、ペッパーくんはロボットで、ロボットはプログラムで動く。寂しさの一部はプログラムの寂しさかもしれない。

寂しそうなペッパーくん

寂しそうなペッパーくん

 1990年代半ばにマイクロソフトがPOS*1市場のOSとしてWindowsを普及させることを目的に(といってよいだろう)結成したOPOS技術協議会という団体がある。

  • *1 POSという言葉はある時点から、「Point Of Sales」から「Point Of Service」に変わっているのだが、知っている人間はどのくらいいるのだろう? 以下の本文でリンクを示しているNRF(アメリカの流通業団体)のUPOSのページでも「POINT OF SERVICE」としている点に着目してほしい。

 この団体(および当時存在したUSAとEMEA=ヨーロッパ/中東/アフリカの姉妹団体)が策定したAPI(これをOPOSと呼ぶ)にのっとってPOS用アプリケーションを開発すると、仕様に準拠したスキャナーや釣銭機、レシートプリンターなどのPOSデバイスであればベンダーを問わず動作させることができる。それまでのPOS端末は専用OSとベンダー独自APIに依存しなければならなかったが、OPOSによって開発と、OS(それはWindowsということだが)およびデバイスの調達が格段に容易になった。

 かくしてあっという間に「POSのOSといえばWindows」という状況が生まれ、逆にそれを嫌ったリテイラー主導でJavaPOSという仕様(内容はOPOSのAPIをJava用に修正したもの)が生まれ、最終的にUPOSとして統合されるに至った。

 その後、マイクロソフトが.NET Frameworkを発表した(2001年)のに合わせて、OPOS仕様にはPOS for .NETという新たな仕様が追加されたが、UPOSやPOS for .NETを含めて、OPOS技術協議会が策定したAPIが、POSアプリケーションおよびデバイス用ライブラリの事実上の標準となっている。

 さて、冒頭で触れたペッパーくんに戻る。

 ペッパーくんが寂しく売り場で構ってほしそうにこちらを見ているだけなのは、多くの買い物客にとって、彼がおしゃべりをしてくれたところで何の役にも立たないからだ。しかし、本当に役に立たないのだろうか? 役に立たないのはペッパーくんではなく、ペッパーくんを制御するプログラムではないのだろうか?

 それに、実用化されているロボットは別にペッパーくんだけではない。小型の卓上ロボットもあれば、ぬいぐるみのようなロボットもある。これらのロボットは多数のセンサーを持ち、多国語会話(対話とはいわない)能力や表示機能を持ち、複雑な動作も可能だ。ペッパーくんに限らず、こうしたロボットを活用しようと思っても、個々のロボットごとに独自のAPIやSDKを学習して利用しなければならないという点がハードルになっていて、そのために活用できていないだけなのではなかろうか?

 例えば、多国語会話能力について考えてみる。

 中国からの爆買いは減ったかもしれないが、いずれにしても、訪日外客数は年々増加しているのだ。それに対して日本人の外国語会話能力が向上したとは全くいえない。しかしロボットははるかにまともな発話を行える。自動翻訳の速度と精度の向上と組み合わせて、シーンに合った適切な操作ができれば間違いなく役に立たせられる。ロボットが持つセンサーからの情報処理もそういう意味ではまだまだ活用できているとは言い難い。

 要は、店舗のシステムを誰よりも知っている店舗運営者のアイディアや、店舗システム開発者が持つシステム設計のノウハウに、現在のロボットのプログラムがマッチしていないだけだと考えることが可能だ。ロボットのプログラムをロボット用プログラムの開発者から、ロボットが動作する環境の開発者に移すことが必要なのではないだろうか?

 というわけで、OPOS技術協議会は、新たなPOSデバイスとしてロボットを念頭に置いたAPIの策定に取り組み始めている。恐らく、2017年のリテールテックJAPANで、何らかの成果を見られるだろう*2

  • *2 高い確度で、それより前の1月のNRFでお披露目される可能性がある。

 というのが店舗システムにおけるロボットの最新の話題かというと、実はもっと強烈そうなものが隠れているのだった。

 多分、それはローソン パナソニック前店で近々見られそうな予感がする。

 経産省が採択した平成28年度のロボット導入実証事業の中に「コンビニエンスストアのレジ業務のロボット化」という提案事業者がローソン、システムインテグレータがパナソニック、ロボットが自動化セルフレジロボットシステムというものがあるのだ。

 パナソニックということは、恐らくアンドロイド(人型ロボット)ではなく、もっと工業的なロボットだと想像できる。何しろパナソニックのロボットといえば、なんといっても産業用ロボットだし、消費者市場ではお掃除ロボットのルーロだ。ここに来て唐突に、しかも店舗用に人型ロボットを出してくるとは考えにくい。もっともペッパーくんのような人型ロボットが客から買い物かごを受け取ってスキャンし始めたら、それはそれでおもしろそうではあるが速度は遅そうだ。逆に超高速に動作したらおっかないだろう。

 では自動化セルフレジロボットシステムとは何なのだろうか?

 セルフレジというのは、店員の代わりに買い物客が商品をスキャンして、商品を袋に詰めて、現金やカードを支払い機に与えるシステムだ。このうち、支払いをロボットが人間の代わりにするということはあり得ないだろうから(ロボットがこちらの勘定をもってくれるのならラッキーだが)、スキャンや袋詰めの部分に違いない。スキャンをどう実現するかはいろいろ想像できるが、まずはRFIDの利用になるのではなかろうか*3

 これはもしかしたら、ペッパーくんがいる売り場よりもはるかに 未来的なビジョンに思える。

 想像してほしいのだが、ロボットタクシーというものが出現したとして、アンドロイドの運転手が運転しているタクシーと、運転席に誰も乗っていないのに客を探して巡行しているタクシーと、どちらが未来的だろうか? 筆者には前者は古臭いSFのイメージにしか思えない(手塚治虫のマンガの世界みたいだ)。それに対して無人の車が客を認識して近寄ってくる方が圧倒的に未来的だ。

 恐らくそれは、自動車の前席には必ず(右か左かを問わず)人がいるのが日常の光景だということに起因するのだと思う。人がいないのに車が走っていて、道端で手を挙げている人を認識すると減速して近寄ってきて停まり後部座席の扉が開く(と書いて、いかに現在の日常にとらわれているかを自覚するわけだ。無人車なのだから前席の扉が開いてもよいし2シーター車でも問題ないのだった)。こちらの非日常性が未来感の理由だ。

 同じように、人間の店員が忙しく商品の補充や陳列、POP作りをしている店舗で(コンビニは自動販売機ではないから当然だ)、静かに無人のレジでチェックアウトが進行していく(買い物客だけが立っている)光景はなかなか未来感があるように思う。

 というところまで書いて原稿を編集の方に渡して初校を待っていたら、もっととんでもないものが出てきましたよ。

 Amazon Goだ。

 ビジョンビデオ(完全に作ったプロモーションビデオなのか、公開前の実験店舗での撮影かは分からないが)を見ると、専用アプリとゲートが通常の店舗とは異なっているだけで、見た目からは裏で何が行われているかが全く分からない。分かるのは、棚から取り出して手に持つと専用アプリ(あるいはサーバー側の動作を仮想的に視覚化したものかもしれない)のカートにアイテムが登録され、棚に戻すとカートから外される。距離的にはRFIDとは考えにくいので、棚のいたるところに取り付けたカメラによる画像認識と、棚自体が持つ重量センサーを利用しているのかもしれない(などと、どういうテクノロジを利用するかを考えて眺めているだけで、実に刺激的だ)*4

  • *4 全く異なる観点からの実現方法だってあり得る。極端なことをいえば、1店舗あたりの商品数などたかが知れているのだからハリボテのゲートとダミーのアプリを用意して3日間“持ってけ泥棒”状態で店舗を放置しておき(もちろんデータは収集しまくる)、その後に「システムのトラブルがあった」と発表してまじめにシステムを組む、あるいは「もっと研究が必要だ」と発表して数年かけて本物を作るといった方法だ。アマゾンにはそういった方法で「最初にやった」という実績と名声の獲得、他社へのけん制、特許対策などをやれるだけの資金調達力と実行力、度胸、秘密保持力がある。

 Amazon Goがローソン パナソニック前店よりもすごいのは、「店舗はこうなる、アマゾンはこうする」というアピールを大々的に世界に向けてさっさと見せていることだ。その辺り、筆者にはWWDCで公開すると同時にアップルストアで販売を開始するアップルと同様なマーケティングセンスを感じる。未来を見せるには、実際に見せて体験させるに限るのだ。

 Amazon Goは2017年早々に実店舗が出現するそうなので、これまた楽しみだ。

 というわけで、路面店という古くからある業態、買い物客による商品の取り出しとチェックアウト*5という在り方が今後大きく変わっていきそうだ。

  • *5 実際のところ、スーパーマーケット/セルフサービスという、商品を買い物客自身が直接選択してレジへ運ぶという店舗設計自体が出現からまだ100年の比較的新しいものだということも押さえておきたい。何しろ、日本で最初にセルフサービスの店舗が出現したのは太平洋戦争後の1953年のことなのだ。
     さすがにそれはないと思うが、最初のセルフサービスのスーパーマーケットはちょうど100年前の1916年のPiggly Wigglyなので、本当は100年後に当たる2016年にAmazon Goをペゾスはぶつけてきたかったのかもしれない。

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arton

 

 

 垂直統合システムベンダーに所属し、比較的大規模なOLTPシステムの端末からセンターシステムまでの設計、開発に従事している。著書にJava、C#、Ruby関連のものがある。

 

 

 

 

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