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Build Insiderオピニオン:長沢智治(5)

Build Insiderオピニオン:長沢智治(5)

エバンジェリストの頭の中 ― 世界観を訴求するわけ

2015年3月10日

エバンジェリストが顧客に伝えなければいけないものは何か。エバンジェリストの頭の中をのぞいてみるシリーズ第2話。

長沢 智治
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エバンジェリストのミッション

 エバンジェリストとひと言でいっても、その捉え方はさまざまだ。

 私のように企業の役割としてしっかり定義されたエバンジェリストもいれば、自称であったり、他者により「あの人は◯◯のエバンジェリストだよね」といわれたりするエバンジェリストもいる。ここで、その是非を問うつもりは全くないし、それらについて特に意見を持ち合わせているわけでもない。

 一般に、エバンジェリストは「ナニカ」を伝える。企業の役割として担っている場合は、それを生業(なりわい)にしているといっても過言ではないであろう。ここでの話は、大別すると職業として活動しているエバンジェリストについてのことだと思っていただいて問題ない。また、私個人が思うエバンジェリスト像について言及していることもご了承願いたい。

 私は、エバンジェリストのミッションを「ナニカを伝える」こととは思っていない。「ナニカを伝え、考え、行動してもらう」ことをミッションと考えている。これは同じ境遇のエバンジェリストにおいても多少なりとも意識や意見が異なる部分であろう。

訴求するのは製品や技術か

 エバンジェリストにとって「ナニカ」とは、簡単にいうと、製品であったり、技術であったりするであろう。それを否定するつもりはないし、最終的には、その良さを理解してもらうことはゴールの1つに入っていてしかるべきだ。

 その製品や技術を好きで、それを伝えるエバンジェリストのような存在は、コミュニティ、マーケットにとっても、企業にとっても大切である。

 ただ、製品や技術にばかりとらわれてしまうと、エバンジェリストが伝える「ナニカ」に特有のバイアスがかかってしまう。場合によっては、他の製品や技術の批判めいた言及につながってしまうこともあるし、単なる営業活動の一端となってしまうこともある。

 ちなみに、私は、エバンジェリストとは「マーケティング活動の一環としてのエバンジェリズム活動を行うもの」であると立ち位置を明確にしている。営業部門ではない。プリセースルエンジニアでももちろんない。営業部門に所属し、製品や技術を訴求する(直球でいうと売る)ならば、プリセールスエンジニア(もしくはそれに相当する役職名)を名乗った方がいいと思う。

 話が逸れたが、エバンジェリストは、マーケティング活動の一環のため、「市場を作り、成熟させる」ことが求められてしかるべきである。

 では、製品や技術を訴求するだけで、市場はできるのだろうか? 成熟し、採用され、成功体験が蓄積され、情報が活発に流通されるようにまで到達できるのだろうか?

 私の答えは、「否」である。

「世界観」を訴求するということ

 製品や技術が本当に優れていて、効果があり、成功が蓄積されるものならば、それは自然と広まるべきである。そういう健全な状態の市場になれば、現場が現場の在り方を議論でき、現場にあった解を見つけ出せるようになるのではないかと考える。そうなれば、そこには、ネガティブキャンペーンや、競合比較表、ある種の政治は不要となる。議論の次元(ステージ)が変わるからだ。

 それが「世界観を持つ」ということではないかという仮説の下で、私は活動をしている。

 従ってエバンジェリストの活動とは、「自分が携わっている製品や技術の詳細を伝える」ことではなく、「世界観を伝える、つまり市場の変遷であったり、トレンドであったり、その中での製品や技術の立ち位置であったり、コンセプトであったりを伝える」ことが第一だと考える。「世界観」についてのコンセンサスを現場で持てたなら、きっとその現場は、自分たちに合った解を議論と体験の中から導き出せるはずだ。

 その後に製品や技術を検討する段階になったときに、自分の製品や技術が現場での選択肢に挙がらない、採用されないのであれば、それらはその現場においてしょせんそれまでのものだったのであるといえよう。

 逆にいえば、エバンジェリストは自分が訴求する製品や技術に対して絶対の自信がなければ、このアプローチは取れない。自信がないからこそ、製品や技術を大きく見せたくなり、「世界観」ではなく、機能や技術の細部に目がいくようになってしまいがちになるからだ。

 エバンジェリストの目が機能や技術の細部に向くようになると、訴求すべき対象者も、その製品や技術に関心を持っている人だけに限定されていくことになるだろう。例えば、エバンジェリストの講演における評価指標が「満足度」だったとしたら、満足度はある意味操作可能になってしまう。なぜならば、もともと関心のある参加者を満足させるのであれば、講演タイトルや内容を絞り、参加者を限定することで的を絞りやすくなるからだ。的が絞れれば、後は彼らが満足するものを提供すればよいのは明白だ。

 エバンジェリストの責務が「市場を作り、成熟させる」ことだとすると、何よりも優先すべきは「より多くの参加者に『世界観』を知ってもらう機会を作り、自分たちで考え、評価してもらう」こととなるだろう。

 私の講演では、製品や技術の機能や詳細の話はほとんどない。そういう話を期待している人にとって決して満足度は高くないであろう。ただし、自分たちの置かれている立場や現場で求められているもの、それを満たすための準備、そこでの製品や技術の立ち位置、評価の仕方を知ってもらうという点では一定の評価をいただいている。

 エバンジェリストとしては、「その場の一過性な満足度」よりも「半年後、1年後の気付きを伴うような満足度」を優先したいと思っている。必要ならば、その場では「腹を立ててもらっても構わない」と思っている。それで半年後、1年後に変わるきっかけになるならば。

アトラシアンのエバンジェリスト

 今回は、いちエバンジェリストの頭の中をのぞいてみるシリーズ(?)第2話として、エバンジェリストが何を考え、何を訴求し、どういうことを目的として考えているのかを書いてみたつもりだ。あくまで長沢個人の考えであることをご理解いただきたい。

 ちなみに、アトラシアンには、エバンジェリストが長沢しかいないので、ここに書いている立ち位置、立場=アトラシアンのエバンジェリストのミッションであり、評価指標であると思っていただいて間違いない。

 アトラシアンは営業部門を持たない企業としても有名だ。要するに製品体験に基づいたクチコミでビジネスを展開している。市場が成熟している場合は、これで成立するまでに成長した企業だ。しかし、市場が成熟していないならば、「人」のチカラが必要だ。そして、私はそれを担う「エバンジェリスト」なのだ。

 日本全国無料で以下を承っているのも、その活動の一環なので、ちゅうちょせずに気軽に問い合わせや依頼をしてもらいたい。

  • 無料の出張講演: 社内勉強会や、コミュニティ、イベントなどでの講演を無料で行います
  • 無料の執筆: 社内報や、同人誌など記事執筆や洋書の監訳なども無料で行います
  • 無料のコンサルティング: 現場改善の無料出張相談を受けます(半日程度1回のみ)

 どれもこれも現場の背中を押す活動だと思っている。関心のある方は、プロフィール欄にあるメールやソーシャルメディアで気軽に声を掛けていただきたい。立場や丁寧なあいさつなどは不要だ。その心遣いは、現場での価値ある活動に使っていただきたい。

長沢 智治(ながさわ ともはる)

長沢 智治(ながさわ ともはる)

 

革新的なビジネスモデルでソフトウェアデリバリーを実践し続けるアトラシアン株式会社のエバンジェリスト。

ソフトウェア開発のライフサイクル全般を経験したのちに、日本ラショナルソフトウェア、日本アイ・ビー・エムなどでプロセス改善コンサルティングに従事。2007年より7年間、マイクロソフトのエバンジェリストを務め、2014年1月よりアトラシアンで初のエバンジェリストとして活動中。

 

※以下では、本稿の前後を合わせて5回分(第2回~第6回)のみ表示しています。
 連載の全タイトルを参照するには、[この記事の連載 INDEX]を参照してください。

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ビジネスは技術革新によって変わってきている。では、アプリケーションはどう変化していくべきなのか。

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コードを完成させる「Code Complete」から、ユーザーが求めている何かの提供を完了させる「Feature Complete」へ、開発現場の意識を変えていこう。

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4. エバンジェリストの頭の中 ― ロジカル思考 基本編

組織をうまく巻き込みながら、日々の現場をどう改善していけばよいのか。エバンジェリストとして活動した経験を基に鋭く考察する。

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