IT技術系ライティング入門(前編)
なぜ記事・本を書くのか? Webメディア/出版の基礎知識
IT系メディアで記事や本を執筆する前に知っておくべき、メディアの現状や、メディアで書く理由について説明する。
「Webメディアのようなパブリックな場所で、より多くの人向けに記事を書いてみたい」
「本を書いてみたい」
「原稿料や印税で収益を得たい」
そう考えている人に向けて、筆者は本日開催されるセミナー「ライターになりませんか? #NSStudy No.4 - connpass」でセッションを持つことになった。その内容を、あらためて記事として共有することにしたのが、本連載だ。
筆者(※プロフィールは本稿末尾)は、@ITで10年以上、編集者をしており、最近では2013年に新たに立ち上げた本サイト「Build Insider」で編集長をしている。とはいっても、筆者自身が、自分の文章や執筆する記事を特段に優れていると思っているわけでもなく、メディアで記事執筆をするためのフローを説明したり、文章についてどうこうと自説を展開したりするのは、気が引け、おこがましいことだと感じている。
それでも、「文章を扱う」しかも「人の文章を真剣に読む/書く」という仕事を10年以上も続けているわけで、これからメディア向けに文書執筆しようとしている“やる気”のある人に「こうすると、もっと良いかも」と提案をすることぐらいはできるかもしれない。そういった提案をする目的で、10年の間に個人的に蓄積してきたノウハウを、記事としてより多くの人に共有することにした(※本連載の内容は、あくまでわたし個人の考えであるため、他の編集者や筆者と意見が異なる場合もあるかもしれない。その点はあらかじめご了承いただきたい)。
本連載では、以下の全3回に分けて、メディア向けに文章を書くための基礎知識を説明する。
- 前編: [本稿]なぜ記事・本を書くのか? Webメディア/出版の基礎知識
- 中編: Web記事・雑誌記事・本のライターになるには
- 後編: 分かりやすい記事を書くための原則とテクニック
前編である今回の内容は、以下の通りだ。
それでは、Webメディアや出版社で、記事/本などを書くことについて説明しよう。
なぜメディアで書くのか?
なぜWebや雑誌の記事を書いたり、本を書いたりするのか。本稿の読者に“書く気”になってもらえるよう、いくつかの理由やメリットを取り上げたい。
1調査した技術情報を、それを必要とする人と共有するため
何らかの開発で新しい技術を使うときなど、幅広く候補となる技術を調べて、評価用のプロトタイプを作成し、採用する技術を決定したりする。それに数日~数週間などかなりの時間を費やすこともあるだろう。
せっかく調べたのに、技術の選定が完了したら、その1つの開発プロジェクトだけで終わりだ。これではもったいない。その情報をより多くの人と共有できれば、同じように調べる人の時間を軽減できる(かもしれない)。いわば社会貢献だ。
また、本当に良い技術や感動する技術などに出会ったとき、それが他の人にも有用ならば、その情報を広く共有したくなることもあるだろう。その情報発信がメディアを経由したものであれば、少なくとも個人で情報発信しているよりも信頼性や公共性が高まるはずだ。
こういった目的の場合、マスにリーチできるメディアへの執筆が最も効果的だ(※ただし、会社によっては業務時間内に知り得た情報を外部に発信することが禁止されている可能性もあるので注意されたい)。
2技術者としての個人/会社のブランドを確立するため
ある技術に詳しい人、あるいは技術力の高い会社として認知されることは、IT業界でより幅広く活躍するチャンスを広げることにつながる。それだけでなく、個人であれば「できる技術者として認められたい」という承認欲求も満たせる(かもしれない)。
そのためには、まずはできるだけ多くの人に対し、技術そのものや技術情報を発信するべきである。その手段としては、例えばオープンソースのライブラリなどを開発したり、勉強会でスピーカーとして登壇したりなどいろいろあるが、記事や本を書いたりすることも非常に有効である。
もちろんブログなどでも気軽に情報発信できるが、編集者がいるメディアが原稿料を支払ってまで記事を発注したり、読者がお金を出してまで本を購入したりすることを考えれば、「それだけの価値ある情報を発信している技術者」という証明にもなる。新規に書籍を執筆したい場合や、Microsoft MVPのようなアワードに申請する際にも、実績の1つとしてアピールできるだろう。
3技術についてより深く学ぶため
何かを学ぶとき、実は先生になってしまう方が、より手っ取り早く、その内容に詳しくなれることが多い。先生は生徒の質問に全て答えなければならないため、細かい部分まで知ろうとするなど、最初から情報への接し方やその意識が違ってくるためだ。
もし新たに技術を習得しようとしているのであれば、勉強会で登壇したり、メディアに記事を書いたりすることは、自分を律してスキルアップするために有効な手段となるのではないだろうか。
4おこづかいを稼ぐため
記事/本を書けば、通常であれば原稿料/印税が得られる(詳細後述)。つまり副業として執筆活動を行うということだ(※ただし、企業によっては副業が禁止されている可能性があるので、就業規約などをよく確認しておいた方がよい)。頑張ってたくさん執筆すれば、遊ぶための資金だけでなく、投資資金、海外イベントへの参加費用など、目的に合わせて稼げるだろう。
5複数のメディアに展開して稼ぐため
要領のいい小説家は、まずは新聞で連載して原稿料をもらい、単行本化、文庫化、ドラマ化、映画化と、1つのコンテンツを複数のメディアに展開して何度も収益を得るという。こうすれば、1粒で何度もおいしいわけだ。
同じようなことが、IT系のメディアでも実現できる可能性はある。実際、Webメディア上の連載記事に加筆したリニューアル版を書籍化した例はいくつかある。ブログと違い、Webメディアで連載記事を執筆した場合、その過程でいったん校正などの基本的な編集作業を経ているので、次に紙媒体に比較的持っていきやすいというアドバンテージもある(※出版社側での手間は減るだろう)。
ただし、Webメディアや出版社が筆者のために積極的にそのような多面展開の話を進めるわけではなく、そういう状況になるように、筆者が各メディアの担当者に話を通す必要はある……。しかしそういった多面展開の可能性があるということは、勉強会への登壇や、書籍執筆・ブログ執筆などと比べて、Web記事執筆のメリットの1つといえるだろう。
6文章を書くスキルを向上させるため
技術者をしていると、普段、文章を書く機会はあまりない。だからこそ、執筆に対して苦手意識を持っている人は少なくないだろう。そういった人が文章を書くスキルを向上させるために、編集者のいる技術系メディアで記事を執筆してみるのは悪くない練習手段だ。ちなみに次々回後編で、技術解説記事を分かりやすく書くためのライティングテクニックについて紹介するので、気になる方はぜひ後編の記事もチェックしてほしい。
7好きだから書く
最後にこれを挙げておきたい。筆者はある程度、プログラミングもできる方だと自分では思っているのだが、執筆活動とどっちがよいかといわれると記事を書く方が好きだ(※さらに編集よりも書く方が楽しい)。そういう「好きだから」という理由で、記事や本を執筆するのもお勧めだ。趣味の1つとして記事や本を書いてみてはいかがだろうか。
また「一生に一度は、自分で書いた本が書店に陳列されているのを見たい」という夢を持っている人もいるだろう。ぜひWeb記事をステップアップとして、書籍執筆にチャレンジしていただきたい。
メディアの現状について知ろう
メディア向けに記事/書籍を執筆する決意をしたら、各種メディアがどのような状況なのかが気になるだろう。これについて、筆者なりの現状認識を示しておきたい(※あくまで筆者の感覚に基づいており、各メディアの実データを基にした話ではないことを、あらかじめご了承いただきたい)。まずは、ブログとメディアの違いについて筆者の意見を述べる。
ブログ vs. メディア
現在では、ブログや、Qiitaなどの技術メモ系サイト、Stack Overflow(英語)などのQ&Aサイトなど(以下、これらをまとめて「ブログ系」と書く)、多種多様な情報発信が可能である。いずれも極端なロングテール型で(図1)、大半のニッチ向け情報と、一部の大人気ページという、インターネットを象徴する特徴を有している。
※PV数=ページ参照(Page View)数。
一方のメディア(Webメディアや出版社)は、たとえそれが専門領域であっても、できるだけ多くの読者、つまりマスをターゲットしている。よって基本的に、どの記事、どの書籍でも、利益を確保できる一定基準以上のPV(ページビュー)数や実売部数を獲得できることが目標になっているだろう。あくまでビジネスとしてメディア業を営んでいるので、売り上げにつながらないニッチなものは、大半の場合、扱いにくい(図2)。
筆者が感じる両者の違いとしては、素早く情報発信するなら「ブログ」などの方が便利で、より多くの人に長期間、教科書的に読んでもらいたいのであれば「メディア」の方がうまくいく場合が多いだろう。
メディアの現状を説明する上で、開発者による技術情報発信方法の変化に触れておきたい。ここでは、より読者に身近なブログ系の変遷を基にこれを説明する。
ブログ系の変遷
ブログが最も盛り上がっていたのは2005~2010年ごろで、当時は「アルファブロガー・アワード」などでブロガーが表彰されたりしていた。また内容面で見ると、技術解説を行うような専門技術的な内容のブログであっても今よりも人気化しやすかったという印象がある。ちなみにWebメディアもこのころが最盛期で、PVも過去最高に到達している。
2009~2012年には、NAVERまとめが人気になるなど、ブログ界わいで「まとめ記事」が流行した。記事タイトルでは、できるだけ人目を引きつけようと、過激な“あおり”を含めたものが目立つようになった。このころ、ブログの人気は個人所有のものから、GIGAZINEなどのニュース系企業サイトに移行し、それに合わせて開発者個人による技術解説ブログの人気も下火になっていった。
2012~2014年は、元はQ&AサイトだったQiitaが、技術ノウハウなどのメモ情報を共有するサービスとしてイメチェンし、ブログを書いていたデベロッパーの一部がこのプラットフォームに移行していった。記事内容に関しても、より具体的で専門的なものを扱うケースも多く、ロングテールにおけるテールがさらに長く伸びた。その一方で、専門技術的な内容は、5年前と比べて、人気化しにくくなってきており、ニュース的に「これはすごい」と盛り上がれる記事や、概要をシンプルにまとめた記事の方が人気になることが多いという印象だ。
以上のような変遷の結果、2005年ごろはライバル化しそうなイメージのあったブログ系とメディアの性質は、現在では二極化してきたと筆者は捉えている。そういう観点からも、繰り返しになるが、ニッチで日常的な情報発信はブログ系で、マスターゲットで丁寧に技術解説を行うコンテンツの配信はメディアで行うというのが、やはり現状ではベストだろう。
【出版社】現状の書籍の出版数と印税
それではメディアの状況はどうなっているのだろうか。まずは出版社向けに本を執筆する場合の状況を説明する。
本に関心がある人であれば「出版不況」という言葉を聞いたことがあるだろう。IT系の出版も同じ状況で、1990年代半ばが一番盛り上がっていたが、それ以降は下降を続けている。
本の初刷
本は、販売部数を予想して、最初にある程度の冊数を印刷する。これを「初刷(しょずり)」という。本が売れれば、再度、ある程度を追加印刷する。これを「増刷(ぞうさつ)」と呼ぶ。
あくまで推測値となるが、IT技術者向けの本であれば、最も良い時代で8000~1万部程度、それからどんどん減っていき、現在は2000~3000部程度といったところだろう(※中には1000部で出版という状況もあり得るかもしれない)。なお、初刷が売り切れて増刷が掛かるのは、30~40%程度ではないかと推測している。
本の印税
印税は8%前後が相場だろう。単純に初刷で印税を計算するなら、仮に例えば「初刷: 2500部」「書籍価格: 3800円」「印税: 8%」だとすれば、76万円が印税となる。印税の計算方法は出版社によって異なる。例えば、刷り部数に応じた印税になるか(発行印税)、実売部数に応じた印税になるか(売上印税)、それ以外では売上印税に「最低保証部数」が設定されて実売部数が少ない場合でも最低限の支払額が確保されるケースもある。
この金額でほかに経費や税金などがあることを考えると、職業としてライター業を営むなら、年6冊執筆してやっと生活できるレベルの収益しか得られないことになる。しかも年に6冊はかなりハイペースな執筆スピードだ。通常、本の執筆には3カ月~半年はかかると考えた方がいい。
なお増刷がかかった場合は、初刷部数分を差し引いた「実売」部数分(※「増刷」部数分ではない)の印税が、月ごとや半年ごとなどで定期的に支払われることになるだろう。
雑誌の状況
雑誌についても簡単に筆者のイメージを示しておこう。
2000年代の最初にはたくさんあったIT系の雑誌が次から次へと休刊(=事実上の廃刊)していき、現在ではわずかしか生き残っていないのが、IT系の出版不況を象徴している。「f/x [エフエックス] ITメディア・タンク: 雑誌 アーカイブ」を見ると、その流れが分かりやすい。
IT技術者向けの雑誌の場合、発行部数は最も良い時代でも5万部前後だと推測される。この部数ならもうからないがビジネスは続けられるという程度だ(※もちろんその雑誌の広告収益がどれくらいあるかにもよる)。さすがに2万部を切るような部数にまで減ってしまうと、コスト面が合わずに休刊せざるを得ないという感じだろう。
原稿料については、後述のWebメディアとそれほど大きな違いはないだろうと推察されるので、そちらを参考にしてほしい。
【Webメディア】現状のWeb記事のPV数と原稿料
筆者は2003年から@ITで現職の編集者を務めている。ほぼ黎明(れいめい)期からWebメディアでの執筆・編集を続けているわけで、この業界の変化にはかなり詳しい。
WebメディアのPV状況
2001年ごろ、雑誌を作っていた編集者らが独立し、技術者向けのWebメディアが登場してきた。このころは、Webメディアがまだ新しいムーブメントだったので、成長が非常に楽しみだった。それからリーマンショック前までは、出版不況とは対極的にWebメディアの成長は続いた。その最盛期は2008年ごろで、PV・売り上げともに絶好調だったと記憶している。
風向きが大きく変わったのは、2008年のリーマンショックからだ。読者からお金をいただいておらず、広告主からの売り上げがほぼ全てのWebメディアは、広告売り上げ面では一転苦しくなった。それから世界の景気回復につれて売り上げなどは回復してきたのだが、前述の「ブログ系の変遷」で説明したようなWeb上で人気になるコンテンツの変化、あるいは読者のコンテンツへのアプローチ方法の変化(後述)があり、最近のPVは横ばいを続けているという印象だ。
特に新着記事のPVは、最盛期と比べるとかなり落ちている。例えば2008年ごろだと、プログラマー向けの技術解説記事であっても、人気が出た記事は月間で2万PVを超えることがあった。
しかし2014年現在、大人気記事でもプログラマー向けになると1万PVを超えるのがやっとという状況だ。通常はヒットして月間8000~5000PV程度だ。もちろん例えば「Windows 9」など、よりマスターゲットの記事は2万PV以上に達することはあり得るが、それでも昔と比べると1/2~1/4のPVという印象が拭えない。
一方で、特にランキング上位の記事には検索エンジンから流入が増えている傾向がある。サイトのトップから記事を探すのではなく、検索エンジンで「今、必要な記事」を探して読む人が徐々に増えているのだろう。
Webメディアの原稿料
原稿料は1本単位で価格を決めているところもあるだろうが、Build Insiderの場合は文字数によって原稿料を決めている。最長の文字数を7500文字までとしており、それ以上の文字数になっている場合は原稿料をこの文字数に丸めている。
Build Insiderにおける実際の原稿料は、筆者によりページ単価が異なり、一概には言えないが、7500文字の原稿の場合、4~5万円程度になる(※他のメディアの金額については知らないが、目安として参考になるだろう)。
この金額で月に40万円に達するには、毎月10本程度を執筆しなければならず、仕事にするのは本の執筆と同じくあまりお勧めできない。通常、平日8時間を執筆に当てるとして、1本書くのに平均3~5日はかかるだろう(※調査事項が少なければ1~2日、多ければ数週間かかることもある)。
ちなみにBuild Insiderでは行っていないが、企業からの依頼で広告記事を執筆するタイアップ記事であれば、通常、少なくとも1本10万円前後の原稿料が支払われるはずだ。
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以上、IT系メディアでの記事執筆に関心がある方に向けて、メディアの現状などの基礎知識を説明した。平等に全てを網羅するのは難しいので、IT系でどのようなメディアがあるかはあえて紹介しなかったが、ぜひ一番好きなメディアで記事や本を執筆するきっかけにしていただけるとうれしい。
次回中編では、Webメディアや出版社で、記事/本などを書く方法について説明する。
一色 政彦(いっしき まさひこ)
約4年後の2003年に独立してフリーランスライターになり、半年間活動。その年の11月に@ITのInsider.NET編集部(デジタルアドバンテージ)に入社し、編集者になった。それ以降は一貫してWindowsプログラマー向けの情報発信を担当してきた。
編集作業の傍ら、編集支援ツール開発を手掛けるなど、多数のシステム/ツール類を継続的に開発してきた。最近はWindowsだけでなくオープンソース系技術を含め、ソフト開発技術の最新動向を積極的にカバー。
2013年4月からは、エッジな開発者に向けた技術情報サイト「Build Insider」でも主導的に活動している。Insider.NET編集長およびBuild Insider編集長を兼任。
更新履歴
- 2014/11/28
- もともとは「Web記事/雑誌記事/本を書くための基礎知識&基本フロー」という名前の記事でしたが、半分に分割しました。本稿はその前半です。
3. 分かりやすい記事を書くための原則とテクニック
「文章を書くのは苦手」という人に向けて、10年以上の編集作業で蓄積してきたノウハウを紹介し、「こうすると、もっと分かりやすい記事が書けるかも」という提案を行う。