Build Insiderオピニオン:小川誉久(1)
大きいことはいいことだ、った
Webメディアを運営し、スマートフォンアプリ開発を手がける小さな会社の社長の立場から、感じたこと、考えたことなどを書き記すコラム連載スタート。
いまから7年ほど前、関西地方に本社がある某大手メーカーと取引の話が持ち上がった。
取引するには、大手メーカーに私の会社の取引口座が必要だ。何でも聞くところによれば、そのメーカーに取引口座があるというのは大変な信用で、それだけで融資に応じる銀行があるとかないとか。
私の会社は社員数たかだか7名のちっぽけな会社である。予想どおり、口座開設は困難を極めた。
「倒産するんじゃないのか?」「社長は出版社出身? なんだブンヤか?」「反社会勢力の一味かもしれないぞ」。具体的に聞いたわけではないが、向こうの担当者は上司からこのレベルの嫌がらせを浴びせ続けられたらしい。
挙句の果てに担当者は「それでお前、その会社が本当にあるのか自分の目で見たことあるのか?」と上司に言われ、はるばる関西から新幹線に乗って事務所を見に来ることになった。事務所を見るや担当者は開口一番「ああ、本当にありますね……」。
取引の話が持ち上がって、かれこれ半年くらいたったある日の笑えない実話である。何とか取引は始まったものの、諸般の事情でこの取引はまもなく立ち消えとなった。
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それから5年ほどたったある日、いまから2年ほど前のこと。遠い過去の記憶になりつつあったこのメーカーの別部署の人から、突然にメールを着信した。当社が公開しているスマホアプリを見て、何か一緒にできないかという内容。断る理由もないので、まずは話を聞いてみることにした。とはいえ7年前の記憶があるので、こちらの腰はだいぶ引けた状態だ。
打ち合わせにやってきた担当者は「副参事」の肩書で、かなり偉い人らしい。トントン拍子に話は進んで「さっそく秘密保持契約を結んで、より深い情報交換をしましょう」ということになった。5年前とはずいぶん違うスピード感に正直驚いた。
どうやらこの会社、7年の間に大変厳しい経営状況を乗り越え、相手が小さかろうと何だろうと、体裁などかまっていられなくなったというのが理由の1つらしい。
外部の協力会社は目下の外注であって対等なパートナーではない。仮に付加価値の高い技術を持っていたとしても、会社規模が小さいというだけで門前払いを食らったり、うまく取引できたとしても、外注として不条理な主従関係に甘んじなければならず、しかも結局は大企業のおかしな論理に振り回されて開発プロジェクトが失敗する、そんな例がこの日本では引きも切らずに続いてきたように思う。
しかし、ネットを手にした消費者が世の中を変えてしまうこの時代。大企業の論理では生き延びられないという現実を、遅ればせながら思い知らされているのかもしれない。
ちっぽけな会社でも、大きな会社とパートナーとして協業できる時代が、やっとこの日本にもやってきたらしい。付加価値の高いアウトプットが出せるなら、規模がなくても可能性を追求できる、技術のあるエンジニアには面白い時代がやってきましたよ、というお話でした。
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このコラムでは、Webメディアを運営し、スマートフォンアプリ開発を手がける小さな会社の社長の立場から、感じたこと、考えたことなどを書いていこうと思います。よろしくお願いいたします。
小川誉久(おがわ よしひさ)
(株)デジタルアドバンテージ代表取締役。
カシオ計算機でUNIX系システムの開発に3年間従事し、その後アスキー出版局に転職。書籍『プログラミングWindows』の編集を皮切りに、マイクロソフト系技術書の翻訳編集を手がける。1989年、月刊スーパーアスキーの創刊に参加。WindowsやPC/AT互換機に関する記事を担当した。2000年に独立してデジタルアドバンテージを創立。
現在は@ITでの情報サイト運営、Build Insiderの運営に加え、2010年からはGPSを活用した地図系スマートフォンアプリを多数開発、公開している。
※以下では、本稿の前後を合わせて5回分(第1回~第5回)のみ表示しています。
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3. Chromebookか、Windowsか
「The Network is the Computer」。これはかつてSun Microsystemsが掲げたスローガンだ。そして、まさにネットワークがコンピューティング環境となる時代が到来しようとしている。