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Build Insiderオピニオン:小川誉久(5)

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「ドキュメントは構造が第一」な編集者体験

2015年2月17日

前回の「3分間トイレ学習法」にそこそこ人気があったようなので、筆者がまだ駆け出しの編集者だった20年以上前のお話をもう1つ。

小川 誉久
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「さらり」原稿と「なんじゃこりゃ」原稿

 当時筆者は、全く両極端な執筆者から上がってきた原稿の編集を担当していた。1人はこの道10年級のプロのライター。もう1人は執筆経験などほとんどない大学生のアルバイトライターである。

 まずはプロライターの原稿。受け取って、さらりと斜め読みした第一印象は「ちゃんと書けていそうだから、編集作業は軽く済みそうかな」だった。「さすがはプロ」と最初は思った。

 しかしいざ、じっくり編集作業に入ると、これが何とも手間がかかる。斜め読みしたときには気付かなったが、論旨は散らかっていて何をいいたいのか分からなかったり、自信たっぷりに断言している割には、それを補強する情報も不足していたりする。「ここでいいたいのはこういうことかな?」「これだったらこの情報がどうしても必要だからちょっと調べるか」「ここは前後を大きく変えて……」などなど、とにかく手間と時間がかかって閉口した。

 次に大学生ライターの原稿。これはひと目見て、掛け値なしにひどい。ボキャブラリーは稚拙だし、文章のリズムは悪いし、編集作業はどれだけ大変だろうかと思いやられた。

 しかしいざ、じっくり編集作業に入ってみると、思ったほどには大変でもない。もちろん、文章自体は真っ赤に直して、元の原稿はほとんど影も形も残っていないくらいだが、不思議と作業はどんどん進む。結論からいえば、前出のプロライターの半分くらいの工数で作業が終わった。

 両者の違いはいったい何なのか? 原稿をチラと見たときの印象と、実際の編集作業工数とがみごとに食い違っている。しかし駆け出し編集者だったこのときの筆者には、その理由はよく分からなかった。

両者の違いを教えてくれた『考える技術・書く技術』

 仕事がら、書店で文章読本的な本を見かけると、取りあえず買っておく習慣があった。『考える技術・書く技術』もそんな一冊で、買ってはみたものの、忙しさにかまけて何カ月も書棚に積んだままになっていた。

 あるときたまたま時間があったので、この本を開いた。よくある文章読本の1つと思っていたし、「どうせ知ってることがもっともらしく並べられているだけだろう」と高をくくって、ほとんど期待せずに読み始めた。

 本書の筆者であるバーバラ・ミントさんは、米国大手ビジネスコンサルティング会社のマッキンゼーでレポート作成の指導者だった人で、そのノウハウをまとめたのが本書である。な、な、なんと、初版が出版されたのは1973年というから、今から40年も前だ。

 読んでびっくり。その昔は分からなかった、「さらり」原稿と「なんじゃこりゃ」原稿の違いが意外にもしっかり解説してあった。

 私がそうだったように、書名から想像すると、ありがちな文章読本と勘違いしてしまうが、本書は基本的にロジカルシンキングの解説書であって、文章表現に触れた説明は、最後の方にちょっとあるだけだ。表現などまあどうでもよろしい、といわんばかりである。

ペンキ塗りと設計図

 さて、「さらり」原稿と「なんじゃこりゃ」原稿の違いは何だったのか。

 プロライターの「さらり」原稿の方は、家の建築に例えれば、最後のペンキ塗り(=表現)が上手なだけで、設計図(=構造)の方はまるでデタラメだった。ぱっと見た目、ペンキがきれいに塗ってあるのでよさそうかと思いきや、いざ家の中に入ってみたら、おかしなところに段差があったり、ドアがつっかえて開かなかったり、設計がまるでいい加減なので、つまりは最初の設計図面から作り直さないとならなかったわけだ。

 一方、大学生の「なんじゃこりゃ」原稿の方は、ペンキ塗りはめちゃくちゃ下手くそで見るも無残な状態だが、家の中の設計は結構ちゃんとしていて、設計図の方はたいして直さなくても良かった。ペンキだけきれいに塗り直せば良かったから編集は楽ちんだったのである。

 自分で考えても、数々の和製文章読本を読んでも分からなかった疑問の答えが、30年前(当時)も前に書かれた本の中にあったことにがくぜんとしたのだった。

 『考える技術・書く技術』はなかなかに難しい本で、私ももう5回くらい読んだ(それでもまだ、よく分からないところがある)。前述した通り、中身は文章作法ではなく、ロジカルシンキングの教科書だ。ものごとを論理的に整理して、相手を説得するために必要な技術が、体系的に説明されている。

 特に若いエンジニアの皆さんには、ぜひとも読んでみていただきたい本である。

小川誉久(おがわ よしひさ)

小川誉久(おがわ よしひさ)

(株)デジタルアドバンテージ代表取締役。

カシオ計算機でUNIX系システムの開発に3年間従事し、その後アスキー出版局に転職。書籍『プログラミングWindows』の編集を皮切りに、マイクロソフト系技術書の翻訳編集を手がける。1989年、月刊スーパーアスキーの創刊に参加。WindowsやPC/AT互換機に関する記事を担当した。2000年に独立してデジタルアドバンテージを創立。

現在は@ITでの情報サイト運営、Build Insiderの運営に加え、2010年からはGPSを活用した地図系スマートフォンアプリの開発にも携わっている。