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Design Thinking入門(2)

Design Thinking入門(2)

0から1を創り出すデザイン思考 ― 新たなイノベーション創出手法

2014年8月1日

人々のライフスタイルを変えるような画期的なアイデアは、どうやって生み出せばよいのか? 5つのプロセスを反復的に繰り返す「デザイン思考」という手法を説明する。

高知大学地域協働学部 講師 須藤 順
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2. デザイン思考とは何か

 「デザイン」と聞くと、商品やパッケージなどの形態、図案や模様、レイアウトなど、美術的なイメージを思い浮かべることが一般的だろう。本来の言葉の意味が「従来の記号(sign)の否定・分解(de)」と理解される通り、デザイン思考におけるデザインとは、より広義に捉えられ、イメージとしては、「設計」に近いニュアンスを含んでいる。

 デザイン思考が注目を集め出したのは2004年ごろといわれ、2005年にスタンフォード大学にd.schoolが創設され、Business Week誌が“design thinking”と題した特集号を発行したことで一気に知られるようになった。そして2008年、ハーバードビジネスレビューにIDEO(アイディオ)のCEOであるティム・ブラウン(Tim Brown)が「IDEOデザイン・シンキング」を発表したのを契機に、ビジネス領域での関心が高まっていった。

 日本はこれまで、生産や販売といった下流工程において強みを持っていた。しかし、上流工程となりコンセプト創造は弱い。つまり、何を作ればいいのか、作ったものをどのようにユーザーに届けるのか、といった点についてはあまり議論されてこなかった。

 しかしこれからは、自ら問題を定義し、コンセプトを創造し、市場を創り出していかない限り、大きな収益を生み出すことは難しくなる。そこで注目を集めるのが、イノベーションを生み出すマネジメント手法である「デザイン思考」なのだ。

徹底した“人”“現場”へのフォーカス

 デザイン思考は、アメリカのデザインコンサルティングファームIDEO社のコンサルティングノウハウから発展し、アップル(Apple)社の初期のマウスや、パーム社のPDA(Palm V PDA)、無印良品の壁掛け式CDプレーヤーを生み出したことで知られ、P&GやGE、サムソン、ノキアといった大企業が事業戦略に導入するなど、世界的に注目を集めている。

 IDEOのCEOであるTim Brownによれば、デザイン思考は、「デザイナーの感性と手法を用いて、人々のニーズと技術の力を取り持つ」領域を専門とし、「実行可能なビジネス戦略にデザイナーの感性と手法を用いて、顧客価値と市場機会の創出を図る」ものと理解される(Brown, 2008)。

 我が国でデザイン思考を実践、研究から進める奥出直人氏は、「デザイン思考は顧客を発見し、その顧客を満足させるために何を作ればいいか、つまりコンセプトを生み出し、そのコンセプトをどうやって作るのか、さらには顧客にどのように販売するのかまでを考えるビジネス志向の方法である」(奥出、2012)とより具体的な定義を行っている。

 簡潔に言えば、「観察から洞察を得て、仮説を作り、プロトタイプを作って、それを検証し、試行錯誤を繰り返して改善を重ねながらモノ(製品/サービス)を創り出す」創造的なプロセスだと理解できる。その際、“人”“現場”に注目し、観察を通じて、人々の行動や思考、コンテクストをありのままに理解することからスタートするところが特徴となる。

仮説検証型アプローチの限界

 これまでの事業創造の現場では、マーケティングリサーチが重視されてきた。どこに問題があるのか、どこに市場がありそうか、どんなニーズを持っているかについて、過去や現状についての情報収集を行い、分析し、仮説を立案し、検証した結果を踏まえて、事業化を図る。いわゆる、仮説検証型のアプローチであった。もちろん、その手法自体は極めて有効なものであるし、事実、多くの成果を生み出してきた。

 しかし、マーケティングリサーチは万能ではない。それが有効に機能するには、ある前提があることを理解しておかなければならない。それは、事前に解くべき問題が認識できていることである。アンケートを設計する前提には、何を聞くのか、アンケートによって何を明らかにし、何を確認するのか、が分かっている必要がある。つまり、課題が特定できており、立案した仮説自体がある程度正確であることが求められることになる。

 しかし、課題が曖昧で仮説が立案しにくい場合には、仮説検証型のアプローチは適用が難しい。そもそもユーザーはどういう課題を抱えているのかが曖昧であったり、ユーザー自身も気付いていなかったりする場合や、問題が複雑で多様な要因によって生み出されており、特定することが難しいようなケースでは、仮説検証型のアプローチでは問題の根幹を明らかにすることは難しい。

 馬車が走っていた時代、人々に、どんなニーズがあるかを聞いても、人々は「もっと早い馬がほしい」としか答えなかった。しかし、ニーズの本質は、「より早く移動できる手段」というものであった。

 従って確かに、問題の本質やユーザーのニーズがすでにある程度把握できている場合には、マスを対象とした仮説検証型のアプローチが有効である。しかし、0から1を生み出すようなこれまでの常識やルールを書き換え、人々の価値観やライフスタイル、パラダイムを変えるような画期的なアイデアやサービスは、ユーザーの生活や経験に深くすみ込み、観察や体験を通じて洞察し、ユーザーの抱える課題やニーズを再定義することで生まれる。その際、有効となる手法の1つがデザイン思考だといえる。

図4 仮説検証型とデザイン思考

出所:筆者作成

図4 仮説検証型とデザイン思考

「われわれが本来解くべき問題は何なのか」を問う=問題開発

 デザイン思考では、「どこに問題があるのか」「なぜ問題なのか」を明らかにするために、想定されるユーザーを観察し、共感を通じて潜在的な問題を探る点に特徴がある。「われわれが本来解くべき問題は何なのか」を問うことがスタートとなる。

 スティーブ・ジョブスが「顧客は自分たちが欲しい物は知らない」と言ったとされるように、ユーザーが課題の本質を言語化したり、認識したりすることはまれである。スマートフォンが発売される前に、スマートフォンが欲しいと認識できていた人がどれだけいただろうか。しかし、ひとたび社会に投入されれば、それがない生活が考えられないほど、人々のライフスタイルに溶け込んでいく。

 デザイン思考は、そうした人々のライフスタイルを変える、新しい文化を創り出すために、マスを対象とした定量的調査に先立って、個別具体的な現場を徹底的に観察・検証し、そこから得られたコンセプトが正しいかどうかを具体的なプロトタイプを作成してユーザーに使ってもらい、改善を繰り返す、地道なプロセスを重視する。

5つのステップを高速で何度も回す

 デザイン思考は、共感(Empathize)→ 問題定義(Define)→ アイデア創出(Ideate)→ プロトタイピング(Prototyping)→ 検証(Test)の5つのプロセスで展開される(図5)。

図5 デザイン思考の5つのプロセス

出所:筆者作成

図5 デザイン思考の5つのプロセス
1共感

 共感(Empathize)は、実在のユーザーを見付け、観察するためにフィールドワークやインタビュー、参与観察を行い、ユーザーが抱える本当の課題や問題、求めているものは何かを見付け出す段階となる。いきなり具体的な仮説構築を行うのではなく、ユーザーの日常生活や行動様式、思考様式、置かれている状況を、五感を生かしてありのままに理解し、気づき(=インサイト)を獲得することを目指す。

 共感段階では、目に見える行動や言動だけではなく、その背景にある心情や価値観に近づくことが重要となる。実際には、異なる専門性を有する4~5名のチームを作り、想定されるユーザーのもとへフィールドワークを実施する。そして、観察を通じて得られたデータ(フィールドノート、写真、映像、音声など)をチーム内で整理、分類、解釈を繰り返し、ユーザーの体験や経験、主観を可視化し、新たな気づき(インサイト)を獲得する。これまで当たり前だと思っていたことに対して、違和感や疑問を見付け、その本質的な理由を理解することがイノベーションの種となる。

2問題定義

 問題定義(Define)は、観察を通じて明らかになったユーザーの実態から、ユーザー自身も気付いていない本当の課題や目的を絞り込み、目指すべき方向性やコンセプトを定義する段階を指す。その際、できる限りユーザーのストーリーや背景にある価値観への深い洞察を行うことが求められる。例えば、ペルソナやカスタマージャーニーマップなどのツールを活用し、顧客価値の発見・定義を行う。

 ここは、アイデア創出のスタートラインとなるため、「われわれの解くべき問題は何か」を特定し、明確に規定することが重要となる。

3アイデア創出

 アイデア創出(Ideate)は、定義された目的や方向性を実現するためのアイデアを量産する段階である。この段階では、ブレインストーミングやアイデア創出技法が活用され、質よりも量を重視し、考えられ得るさまざまなアイデアを創造する。そして、できるだけ多くのアイデアスケッチを描き、シナリオやストーリーを作り上げていく。

4プロトタイピング

 プロトタイピング(Prototyping)は、アイデア創出のステップで出されたアイデアの簡易なプロトタイプを作成する段階である。ここでは、コストをかけず、できるだけ安価で、かつラフなプロトタイプを作成する。

 プロトタイプを作る目的は、新たな学びを獲得するため。この段階で重視されるのは完成品を作ることではなく、必要最低限の機能を有したものである。紙を使ったペーパープロトタイピングや、POP(Prototyping on Paper)などのアプリケーション、ストーリーボードや動画、スキット(寸劇)などが活用される。

 アイデアを視覚化することで、新たな気づきやアイデアが生まれたり、共感・問題定義の見直しの必要性が認識されたりするなど、新たなディスカッションやユーザーとの対話のきっかけとなる。

5検証

 検証(Test)では、作成されたプロトタイプを実際のユーザーに使用してもらい、当初の目的が達成できているのか、想定している機能が有効に働いているのかなどを確認し、ユーザーの生の声を基にアイデアの検証やブラッシュアップにつなげていく。なおここでは、もし「当初の想定が機能していない」と判断されたときにはちゅうちょせず構築されたアイデアやプロトタイプを作り直す。

 デザイン思考では、この5つのプロセスを反復的に繰り返し、徐々に完成へと近づけていく非直線的なアプローチだといえる。例えば、検証の段階で当初想定した機能が提供できないと分かれば、もう一度コンセプト設定のために、問題定義の段階に戻ったりすることもある。

 次回は、デザイン思考をより具体的に理解できるよう、実際の活用事例をいくつか紹介する。

 本稿の参考文献は、連載最終回にまとめて記載しています。

Design Thinking入門(2)
1. なぜ今、デザイン思考が注目を集めているのか?

イノベーションは1人の天才によって生み出されるわけではない?! 最新のイノベーションに関する知見から、IT業界に求められるイノベーション創出環境について理解しよう。

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2. 【現在、表示中】≫ 0から1を創り出すデザイン思考 ― 新たなイノベーション創出手法

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Design Thinking入門(2)
3. デザイン思考の活用事例

ITやその周辺領域において報告されている、デザイン思考を活用したサービス開発や体制作りの事例を紹介する。最後に、デザイン思考を実践するためのポイントをまとめる。

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