Design Thinking入門(1)

Design Thinking入門(1)

なぜ今、デザイン思考が注目を集めているのか?

2014年8月1日

イノベーションは1人の天才によって生み出されるわけではない?! 最新のイノベーションに関する知見から、IT業界に求められるイノベーション創出環境について理解しよう。

高知大学地域協働学部 講師 須藤 順
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「意図的にイノベーションを生み出すことは可能なのか」

 この難解な問いに1つの道筋を示す新たなイノベーション創出手法が、国内外で話題を集めている。それが、アメリカのデザインコンサルティングファームIDEO社によって提唱され、スタンフォード大学d.schoolを中心に実践される“デザイン思考(design thinking)”だ。

 特徴は、ユーザーを徹底的に観察し、プロトタイプを作り、実践し、改善を短期間で繰り返すプロセスと、その根底にある、“人間中心”という価値観にある。

 P&Gやヒューレット・パッカード、Appleなどが積極的に導入を進めるデザイン思考について、今回は、その注目の背景と基本的な考え方について紹介する。

1. デザイン思考が注目を集める背景

不確実性の増大した予測不可能な社会の到来

 人口構造の変化、少子高齢化、グローバル化、エネルギー不足、テクノロジの進展、産業構造の変化、働き方の多様化など、われわれを取り巻く社会的環境は加速的に変化を続けている。

 国内に目を向けてみると、人口減少、特に就業人口の減少とそれに伴う労働生産性の低下が叫ばれ、人口減少と人口の低密度化が同時進行するという、いまだかつて世界が経験したことのない現実にどのように対峙していくのかが大きな課題として突きつけられている。

 こうした変化は、これまで常識とされてきた知識や方法論、価値観が当てはまらない状況を生み出し、競争力やイノベーションの源泉を大きくシフトさせる。これまでの成功モデル、知識、経験が通用しない不確実性の増大した社会が到来する中で、これまでの常識を打ち破るようなイノベーションによって新たな市場創造、顧客創造を図り、人々のライフスタイルを変えるようなサービスや商品の開発が求められている。

変化の様相具体的影響
人口構造
の変化
・人口減少社会: 産年齢人口の減少に伴う生産性の低下と総仕事時間の低下
・国内市場の縮小・慢性的な内需不足と国外市場(特にアジア・アフリカ圏)の比重が高まる
・地域別の総生産の格差が顕著化
・生活関連サービスの産業の撤退進展
経済環境
の悪化
・デフレの長期化による設備投資・賃金抑制、研究開発投資の手控え
・資源・エネルギーの不足
・将来不安による消費低迷
・地域経済の悪化: 中小企業数・雇用指数の減少など
技術・産業
の変化
・オープンイノベーション、すり合わせ型から組み合わせ型への加速
・製造業からサービス業、「モノ」のサービス化、「コトづくり」(経験価値)の提供
・イノベーションの源泉の変化: デマンド・サイドの重視
・ICT、ソーシャルメディアの発達:時間と距離の短縮化、コミュニケーションコスト低下
コモディティ化
の加速
・モノ・知識・技術・スキルが差別化の源泉にならなくなった
・それらはすぐに他の地域に模倣され、競争力を生み出しにくくなっている
グローバル化
の進展
・新興国の台頭
・時間・場所のボーダーレス化
・輸入制限の撤廃
・クリエイティブクラスの流動化
経営の変化 ・経営課題の複雑化、不確実性の増大
・垂直統合型ビジネスモデルの限界、スマイルカーブの底が深くなる
・ビジネスライフサイクルの短縮化
・企業と社会の関係の変化、オープンな関係

出所:筆者作成

図1 我が国を取り巻く社会的環境の変化と影響

多様なバックグラウンドを持つ人材のチームがイノベーションを生み出す

 イノベーションの重要性は幾度となく、これまでも叫ばれ続けてきた。しかし近年、そのイノベーションの源泉が変化しつつあることがしばしば語られる。

 イノベーションについてはこれまで、いくつかの誤解が存在していたのではないだろうか。例えば、「イノベーションは1人の天才によって生み出される」という理解や、「高い専門性を持ったプロフェッショナル人材によって創出される」といったものだ。確かに、1人の天才による優れたイノベーションの事例は数多く報告されているが、注意深く観察すれば、そうした理解がイノベーションのある一部分を切り取ったものにすぎないことが分かる。

 こうした事実は、徐々にではあるが明らかにされつつある。例えば、Fleming(2004)は、ブレークスルーを興すようなイノベーション(ここでは特許に金銭的価値があったかを示している)は、メンバーの多様性が高いことで生まれやすいことを指摘した(図2)。社内や同じ専門性を持つメンバーだけではなく、組織の枠、専門性の枠を超えた多様なバックグラウンドを持つ人材がチームとなって取り組む方が、単一の専門性を持つ人材のチームよりもイノベーティブな成果が得られやすいのだという。

図2 イノベーションとメンバーの多様性

出典: Fleming(2004: p.22, 邦訳: p.13)

図2 イノベーションとメンバーの多様性

 これまでわが国の開発の現場では、いわゆる「縦割り」と揶揄(やゆ)されるように、ある特定の専門性を共有する人材がチームを組み、開発に取り組んでいた。しかし、同質化した専門性を持ったチームでは、平均的なものは生み出せても、飛び抜けたものは生み出しにくい。それは、専門性が高いことにより、その専門領域が無意識に受け入れている常識を疑うことがなく、異なる専門性を持つ人から見れば疑問に思えるようなことを意図せず見過ごしてしまうといったことに起因する。

 技術だけではなく、顧客の行動や心理、経営やマーケティングといった異なる専門性を持つ多様な人材がチームで協働することで、異なる領域の専門性が新たな気づきやアイデアを着想させる。

オープンなイノベーション創出環境

 加えて、そうしたイノベーションが、自社の内部で秘密裏に行われるというよりは、オープンな関係や場で自社以外の組織のメンバー、時にはユーザーとのコラボレーションを通じて創出されるようになっている。企業が社内のアイデアだけではなく、外部の優れたアイデアを取り入れ、それらを内部と外部の市場経路を活用して実現していく。これは「オープンイノベーション」(Chesbrough, 2003)と呼ばれる。

 インターネットやソーシャルメディアが普及したことで、時間や場所を問わず、コストをかけずに多様な主体間でのコミュニケーションが可能となった。その結果、ソーシャルな参加が活発になり、異なる専門家が集まり、新たなイノベーションを生み出す場面も増えている。

 新製品やサービスの開発が特定のメンバーだけで秘密裏に行われる、これまでのイノベーションとは異なり、自社の技術だけではなく、オープンで、多様な人材が出入りしながら、コラボレーションしていくことで、それぞれが持つ技術やアイデア、強みを組み合わせて革新的なサービスを生み出していく。こういったオープンイノベーションへの転換という事実を受け入れ、自前主義からの脱却が必要となる。

技術起点から社会価値起点への発想基軸の転換

 技術やサービスのライフサイクルが短期化し、かつ、多くの知識や技術がコモディティ化していく中で、これまでのように技術起点でのイノベーションの優位性が相対的に低下している点も見逃せない。今後は、これまでのように高い技術力を起点に置いたイノベーションをさらに深化させ、社会課題の解決を起点に置く「社会価値創造イノベーション」(ITと新社会デザインフォーラム, 2013)の存在意義の高まりに注目すべきだ。

 技術中心のイノベーションは、どちらかといえば企業のシーズ起点であったのに対し、社会価値イノベーションは、ユーザーや顧客、社会がまだ気付いていない潜在的な要望、すなわち、ウォンツを掘り起し、その解決へ向けてイノベーションを興していくことになる。それはつまり、古い思い込みを捨て、新たなルールを自ら書き換えることがこれからのイノベーションの核となることを示し、まだ誰も気付いていない社会のウォンツを発見できる洞察力が重要となる。

図3 技術イノベーションと社会価値イノベーション

出所:ITと新社会デザインフォーラム(2013: p.61)より

図3 技術イノベーションと社会価値イノベーション

機能的価値から意味的価値へのシフト

 一般的にサービスや商品は、「機能的価値」と「意味的価値(情緒的価値)」で成り立っていると考えられる。

 機能的価値とは、その商品やサービス自体が直接もたらす価値で、機能や性能を指す。例えば自動車であれば、移動手段、燃費、安全性などがそれに当たり、機能やスペックなど、客観的な評価軸によって判断できる点が特徴となる。

 一方、意味的価値(情緒的価値)とは、その商品やサービスを使うことによって得られる心理的な満足感や商品やサービスの背景にあるストーリーなどが持つ価値を指す。ユーザーの主観的な価値観であることから、普遍性は低い点が特徴となる。

 市場が拡大し、経済が成長を続ける状況においては、製品やサービスの機能的価値が極めて重要な時代であり、大量生産、大量消費のもと、低コストで、安定的に、高い機能を提供することが競争優位につながっていた。そうした中では、技術開発に力を入れ、既存の製品やサービス、技術が持つ性能を改善し、コストパフォーマンスをより良く実現することが求められてきた。

 しかし、低成長時代に突入し、人々の基本的な欲求の多くが満たされる現代においては、製品やサービスに求められる価値が大きく変化を遂げた。それが、機能的価値から意味的価値へのシフトである。

 その典型的な例として取り上げられるのが、iPhoneやWiiである。これらは、機能的なスペックが他の類似製品や同業他社の持つ技術と比較して、決して高いものではない。Wiiでは、搭載されるCPUやグラフィック解像度の優位性ではなく、シンプルでローテクへの転換を図り、容易な操作を可能とするリモコン型のコントローラー、邪魔にならないコンパクトな本体を通じて、「子供からお年寄りまで一緒になって楽しめるゲーム機」という新たなユーザー体験を生み出す意味的価値の創出に成功した。

 技術や知識がコモディティ化し、どんなに素晴らしい技術を生み出しても、数年後には模倣されるような現状においては、あっという間により労働コストの安い海外との競争に巻き込まれてしまうため、機能的価値を高めるだけではイノベーションを持続的に興すことは難しくなっている。

 ユーザーのニーズも変化し、以前は高性能で多機能な商品(=機能的価値が高い商品)を選択することが多かったのに対し、今では、ユーザーの価値観やライフスタイルが多様化し、商品やサービスを利用することでユーザー自身の生活を精神的な面で豊かにするような意味的価値が重視されるようになり、製品やサービスを利用することでどういった価値を感じることができるのかをデザインしていくことが重要になってきた。

IT業界に求められるイノベーション創出環境の整備

 イノベーションの重要性は誰もが理解し、企業や技術者は、新たな価値の創造へ向けて日々努力を続けている。しかし、その明確な答えが用意されてはいない。では、IT業界、IT技術者にはどういった視点や環境が求められるのか。

 端的に言えば、「イノベーションを意図的に興すことをファシリテーションできる企業とIT人材が希求される」ということだ。それは、ユーザーがまだ気付いていない、本当は解決したい漠然とした不満や潜在的な要望を見付け出し、ソリューションを提供していくことをけん引できる人材とそうした組織文化を醸成することを意味する。

 こうした中で注目されるのが、データにならない潜在ニーズを掘り起こすためにユーザーの行動観察を行うエスノグラフィ手法を取り入れる「デザイン思考」というイノベーション創出の新たな手法である。

 次回は、そのデザイン思考の内容について説明する。

 本稿の参考文献は、連載最終回にまとめて記載しています。

1. 【現在、表示中】≫ なぜ今、デザイン思考が注目を集めているのか?

イノベーションは1人の天才によって生み出されるわけではない?! 最新のイノベーションに関する知見から、IT業界に求められるイノベーション創出環境について理解しよう。

2. 0から1を創り出すデザイン思考 ― 新たなイノベーション創出手法

人々のライフスタイルを変えるような画期的なアイデアは、どうやって生み出せばよいのか? 5つのプロセスを反復的に繰り返す「デザイン思考」という手法を説明する。

3. デザイン思考の活用事例

ITやその周辺領域において報告されている、デザイン思考を活用したサービス開発や体制作りの事例を紹介する。最後に、デザイン思考を実践するためのポイントをまとめる。

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